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読書 赤尾敏 愛の右翼

私はほぼ毎日数冊の本を読んでいます。ジャンルはいろいろ。新聞の本紹介を見て手あたり次第、図書館に申し込みます。
今回『愛の右翼 赤尾微敏』を借りました。著者は赤尾敏の命に当たる赤尾由美さん。とにかくおもしろかった。読みやすいし。何故この本を読んでみようと思ったかというと、東京の大学時代渋谷辺りで赤尾敏のポスターをよく見かけました。選挙演説の声も聞いたことがあると思います。内容には関心がありませんでしたが、あまりに度々なので先輩にあの人は誰と聞くと「右翼だ」といわれました。それっきり忘れていましたが、この名前に目が止まり読んでみました。
赤尾敏はなんと面白い人でしょう。日本の事を本当によく考えた人です。右翼というと街宣車にのった不気味なイメージですが、あれは本当の右翼ではなく、暴力団だということです。本当の右翼はそういうのではなく、保守だけど「元々右翼の運動や思想の根底には限りなく深い思いやりがあった」と説明がありました。なるほど本当の右翼は日本の国の幸せの為に無欲で活動する人なのだそうです。そういう面では西郷隆盛も吉田松陰も右翼になります。左の人から見れば右の考えの人は右翼です。だから私の父も右翼だなんていわれましたが、父はとても誠実な、無欲な、社員や地域社会の人、国家社会の幸せを考えるりっぱな人でした。赤尾敏の言動にはあまりに純粋でまっすぐなので返って笑ってしまうのですが、その本を読むほどに今までの私の右翼に対する考えが変わってすごいなと感心です。世間から奇人に思われた方ですがしかしなんと情に熱く、人を大切にする人だったことでしょう。共産化する日本社会を憂い恐れ、また金儲けだに走るブルジョワ階級を憎んだ赤尾敏は、天皇を中心とした日本の国体を大切にしてみんな仲良く暮らすことを願って活動していた人です。赤尾敏のことを見直しました。もう三十年近く前に亡くなった人ですが、ここでこんな人がいたことを世に出したことは凄いと思いました。最近読んだ本は岡山県の偉人「土光敏夫」について書かれた本、『沖縄はいつから日本なのか』も面白かった。

by nizicanvas | 2018-06-21 00:12

狭窄症の手術体験記が御縁で

昨年の末、二年かかりでまとめた私の手術体験記が本になって、その本を御縁としていろいろな方とお会いする機会が増えています。どのくらい売れているか分かりませんが、残念ながら予想ほど広がらないようですが、でもいろいろな方があの本を読んで手術に踏み切ったり、もっと知りたいと声を掛けてくださったり、いろいろな面で役に立っているようです。そんなことを知るとお金もかけて作ってよかったと嬉しく思います。まだの方はぜひ一度読んで下さい。首と腰の狭窄症手術体験記 東京図書出版 インターネットに出ています。


by nizicanvas | 2018-06-15 21:35

映画 杉浦千畝

映画「杉浦千畝」を見ました。とても忙しかったので、迷いました。内容は知っているし、・・でも行って見ました。やっぱりよかった。当時のヨーロッパの様子がよく分かったし、映画は映画の価値がある。よかった。無理して行ってそれだけの価値ある、心打たれる映画でした。ひとつ残念だったのが、ビザ発給後、日本にたどり着いて、そこからアメリカに渡るのに小辻節夫という人達が政府と掛け合ってビザの延長をしたり、お金をだしたり、駿河の人達がユダヤ人にとても親切にしたりねそんな話まではふれていなかったことです。「杉浦千畝」がテーマだからしかたないのですが、世界で人道的にもあのように活躍している日本人がいたことをもっと知って欲しいです。今度「海難1890」の映画が来ますが、この映画もぜひ見に行きます。
by nizicanvas | 2016-02-21 22:13

田中角栄元総理の話 仲俊二郎著

今日は東日本大震災 四年目。次々と報道される番組で四年前のあの日の惨事が思い出されます。あの時コタツでのんびりしていた私はテレビの報道で愕然としました。
阪神淡路のときもアメリカのテロの時も、人の不幸を映画のようにみる恐ろしさを感じました。あれから四年、復興はまだまだ、特に悲惨なのは福島の原発事故。気の毒で気の毒で・・・言葉がない。なんとか早くいい方向になったらと心から願いします。そして70年前、日本は無差別の原爆、空爆で150もの町が焼けてしまいました。特に東京大空襲、原爆・・・いくら戦争中といえ・・なぜそれを日本人はあまりにも残酷な行為に対して怒らないのか、怒りの声をあげないのか・・・。もうすんだことでも・・・あの惨事を、大殺戮を世界の人に知ってほしいものです。日本ばかりが責められるなんてあまりに不公平。
 ところで、戦後の日本を繁栄に導いた一人の総理、田中角栄元総理についての本を読みました。仲俊二郎氏の「凛として」の本があまりに感動だったので、図書館の本を借りました。
田中角栄元総理は偉大な人だったようですが、ロッキード事件の賄賂で大変な問題になり、失脚した方です。長い間その事実関係が追及されていて、それほどお金に汚い政治家だったのかという悪い印象しか私にはありませんでした。後に娘の田中真紀子氏が政治家になって、氏の言動や発言からよけいに嫌悪感をもっていました。ようは日本が好きでない、中国寄りの政治家と感じていました。真紀子氏のことは別にして、この本を読んで田中角栄元総理のことを大変誤解していたことが分かりました。
 日本が大変な時にいろいろと苦労して日本の為に活動していた方なのだとわかりました。田中氏のお陰でアメリカに屈することなく沖縄返還がなし得たことも分かりました。あの返還の陰にどれだけの田中さんの功績があった、そのために後に田中氏がアメリカのキッシンジャーたちの陰謀に引っかかってしまって失脚の道を転がり落ちたか知りました。金権政治家の異名があるほどお金集めが上手でしたが、それはどん底から這い上がった根性、気力、知力で集めたもので、やましいものではなかったのです。本の内容には多少、著者のひいきもあるかもしれませんが、それでも田中元総理はりっぱな政治家だったのだと思いました。田中氏は結局日本を手のひらで操りたいアメリカの思惑にはめられたのです。白でも黒として問題をつくり、徹底的にたたきつける日本のマスコミ、権力者を葬りたい法律家、田中氏から総理の座を奪いたい人達によって、無残にも汚職者に祀られてしまったのだと知りました。無実を訴えて、10年以上戦った田中氏でしたが、無罪を勝ち取れず亡くなってしまいました。
 無残にもはめられて犯罪者になる人がいます。先日も若い市長がそうでした。それは無罪になったからよかったですが。
かなり以前私の父も賄賂問題でとらえられたことがあります。まったくの無実の罪でしたが、いちどホシとして狙われたらとても覆すことがができない取り締まりだったそうです。でも父は頑として無実を叫び、やがて結局認められましたが、そのときのことを詳しく話していました。新聞でもひどく叩かれ「ペンの力の恐ろしさを感じる」と母の嘆き、悔しがって泣いていました。ですから田中元総理がマスコミや他の政治家たちにはめられたり、執拗にたたかれたりしたのはあり得る事だと思います。
仲氏の本ではそのあたりが詳しく書いてあります。「読売新聞の調査によると、昭和で一番印象に残り、影響を与えた人の一位は田中角栄、二人目は美空ひばりであった。日本人が一番元気で溌剌とした昭和という時代にこの二人に巡り合った私達は、希望を捨てず、未来に向かっていく共有の認識を持って、生きていったことはまぎれない事実であった」とても印象的な文章です。

by nizicanvas | 2015-03-11 22:57

津山市のウクレレ教室

ウクレレサークルのご案内 
毎月二回 行っています。
開催は木曜日と月曜日から二日選びます。午後1時 ~ 3時過ぎ
指導は粉川先生。参加費は会場費含めて1100円。
とても楽しい先生です。おしゃべりと演奏が大好き。なんでもすらすらと弾かれます。
時に厳しく真剣に指導してくださいますが、とても優しい、話しやすい先生で、楽しく学んでいます。
毎回やさしい童謡や唱歌からコーヒールンバ、カイナマヒラ、花は咲くなどという難しそうな曲もしています。
八月には倉敷の演奏会に参加しました。上手な人もいますが、私のようにまだ音が綺麗に出ない下手な人もいます。でもウクレレは私でもなんとか格好になるのが不思議です。適当に引いていても大丈夫なところもあるのです。三年前から始めました。
主催は津山モラロジー女性クラブのサークルですが、どんなでも参加できます。最近ギターを習いたいという男性が仲間に入りたいと言っています。大歓迎です。場所は津山市高尾。津山線佐良山駅隣です。
ギターもウクレレもコードは一緒。楽しい会になりそうです。
問い合わせは 電話 0868-28-6498 津山モラロジー事務所。
by nizicanvas | 2014-09-28 23:21

牧場の館 旧旭町

旭町にある牧場の館は今ラベンダーがきれいです。北海道のラベンダー畑を知っている人はものたりないでしょうが。子供連れで遊ぶにはとてもよいところです。入場料金もいらないし、お弁当をもっていけば費用はかからないで楽しめます。それでは牧場の館は赤字ですが。大きなレストランは大赤字たそうです。あの地域にあのレストランは少し無理があるのではないかと思いますが、第三セクターだから大赤字でもやっていけそうです。津山市からも近いところなので、といってもかなり山奥に入ります。
大切にして多くの方に利用してもらいたいと思います。それにしてもあのような山奥にもたくさんの人が住んでいます。久しぶりに写真をつけます。
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by nizicanvas | 2012-06-20 21:43

笑顔

今日は津山市の図書館で笑顔のコーチングというセミナーがあり、母と知人と参加してみました。笑顔なんてありふれたこと、当たり前の事。でも大切なこと。そして忘れがちなこと。よい時間を持つことができました。参加者の方が母親から「男は度胸、女は愛嬌」と言って育てられたという話をしていましたが、そうそうそんな大切なことを私は子供に教えたかなと疑わしくなりました。笑顔はとても素敵なこと。笑顔ひとつで人間関係は変わります。よくなります。でも考えたら他人には笑顔はできるのです。しかし家に入って笑顔で暮らしているかというと・・・・。自分の顔をみて生活していないので、特別笑わない限り笑顔はできていないかも。私は子供のころ笑顔のいい子だといわれてきました。自分の顔は見えないのでそうかなと思っていましたが、そういわれたからか笑顔は多分得意な方だと思います。でも人間は笑顔になればみんな美人なのです。絵顔になればみんなかわいいのです。そして笑顔を前にすれば人は癒され、元気になります。勇気づけられます。楽しくなります。小さな子に対しては自然と笑顔になります。うれしいことに対しては自然と笑顔がでます。家族と話しているとき笑顔で話せたらいいですね。そんなことを改めて学んだ一日でした。そうそう若い人に笑顔美人になりましょうと声をかけてあげなければと思いました。笑顔の連鎖、笑顔のスイッチを入れて、家の中を待歩く、世界を平和に。
by nizicanvas | 2012-02-05 22:33

福井市の子どもの遊び場

子どもの遊び場
先日娘のいる福井に行っていましたが、いくほどに福井の素晴らしさを感じます。まず子どもが遊ぶところが多いのです。遊ぶ施設が多いというのが適切でしょう。県や市が運営しているので無料のところが多い。エンゼルハウスという遊び場がありました。体育館のような大きな建物にいろいろな遊び場、プラネタリアも整い、なんとスケールの大きな遊び場でしょう。外は外で大きな遊具がいっぱい。広い運動場と遊具。素晴らしいなあと感動です。たくさんの親子が遊びに来ています。一日遊んでも飽きない。何回も来れて裏やましい施設です。ついでに福井市には美味しい店がたくさん。手作りのパン屋など珍しいお店がいっぱいあります。温泉も市内に多いのも羨ましい。もっともここ津山と違って福井は県庁所在地ですからね。子どもへのサービスが多いのは働く母親が多いからでしょうか。
by nizicanvas | 2011-03-30 23:01

日本会議津山支部設立

以前から活動していました日本会議津山ですが、今日正式に日本会議岡山の津山支部として発足しました。そのような津山の活動は全国的にも早い時期から始まっていました。偏向教育や報道に危惧していた私の父をはじめ、その仲間の方々が、なんとか誇りある日本の国を取り戻さなくてはそれが戦争で生き残った者の最後の使命だといって活動していたのです。
今日の記念講演として愛媛県の大津寄章三先生の「子どもたちに日本の誇りを語り継ぐ」のお話がありました。
講演で、生徒たちに歴史を学ぶ意義は①自分の存在が歴史の流れの中にどういう位置にあるかということを知る ②自分の命の根ッこを広く深く育てる、上で大切であると説明して、歴史感覚を育てる授業展開の具体的方法を話されました。その結果、一年生の時に歴史は嫌いといっていた生徒たちが、卒業時には歴史が好きになり、人生を大切によりよく生きる気持ちになってくれているという話に感動しました。
大津寄先生のお話は二回目ですが、先生のお話と人柄と授業に感動です。正しい歴史教育によって、日本に生まれ育っている喜びと誇りを感じ、命の重みを感じ、社会の役に立つ人間になりたいという心が養われていることを嬉しく思います。それこそいのちの教育であり、平和教育です。
日本会議は日本のよき歴史伝統、祖先の偉業を後世に伝えることで、美しい国つくりに貢献しようとしています。その動きは今、全国に展開されています。
by nizicanvas | 2007-03-18 23:47

『日本』の新聞休刊のお知らせ 

18年間続いた『日本』の新聞が3月で休刊になります。マスコミや教育界のあらゆるところで左翼勢力に牛耳られ、真実の報道が伏せられ、日本人としての誇りを失い、魂も歪んでいくこの国の様子を憂い、これではいけない、誰かが正論を言わなくては、しっかりとした国つくりをしなくては、と私の父は立ち上がりました。昭和63年にこの新聞を作り始めました。後に偏向報道の是正を目的のマスコミ改革「世論の会」も作り全国的な活動をしました。
平成12年に父が亡くなった後も『日本』の新聞の志は引き続がれ発行されていましたが、諸事情によってここで打ち切りになりました。
『日本』の新聞が作られ始めた当時は、教祖や労組という左翼勢力も強く、教育基本法改正、憲法改正の話などとんでもない話だといわれる頃でした。戦後の東京裁判を見直さなくてはならない、などという話題は髄分違和感をもたれたと思います。しかし、拉致問題などにも当初から目を向けていた画期的新聞でした。
しかし、ベルリンの壁の崩壊、ロシア共産圏の崩壊を経て、世界の空気が変わり、今日では日本も髄分変わってきました。こういう正論を主張する新聞、雑誌も増えてきましたから、この新聞の役割は終わったかもしれません。
しかし、新聞紙半分の大きさの裏表一枚にまとめられた『日本』の新聞は手軽に読めるので好評です。多くの声に惜しまれながらの廃刊です。津山という地方都市で作られた新聞は全国へ向けて発送され、しかも中央でご活躍の大変高名な方々が執筆下さって価値の高い新聞でした。
それも創刊者である父・柴田正の国を思う真摯な一念に感動、共感されたことによる協力と聞いています。それをはじめた父の勇気、偉大さを今改めて感じています。本当は未だ少しもよくならない日本の国を思うとき、まだまだこの新聞は必要なのです。
今日3月13日は父の命日、8回忌の法要をしました。新聞作成の関係者の方々にお礼を申し上げます。また長い間お読みいただいてありがとう御座いました。
by nizicanvas | 2007-03-15 13:38

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