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虐待

虐待
このところこのニュースが後をたちません。私はこのニュースほど寒気のする無残な事件はないというほど強烈に不快感を感じています。
抵抗できない小さな体の子供を暴力で痛める、食事をあえない、養育しない。ああもうこれほど残酷なことがあっていいものでしょうか。
最近の新聞では相当数増加しているといいます。実はここ津山市の幼稚園ではしらみ騒動があったといいます。つまり頭の毛を洗わないのでしらみが湧いていてそれが他の子に移るということで髄分の話題になったようです。それもネグレクト。
子育ては大変で、親が頭に来ることもあり、叱らずに育てるということはありえませんが、ネグレクト、育児放棄はあきらかにそれとは違います。洋服を着替えさせない、風呂に入れない、保護者同伴の行事に参加しない、送り迎えをしないなどという小さなところにも現れているようです。そんな人は以前は特別な人でしたが、最近はそういう親が増えているといいます。それはなぜでしょか。子育てが大変だからという理由ではないと思います。
物理的にも精神的にも子育ての大変さは少しも変わりません。むしろ最近はいろいろな援助がふえています。家事も楽になっています。
だから親への援助が無いからだとは決していえません。虐待の増加の原因のひとつには
①個人主義的な親が増えているといえるでしょう。エゴイストな、自分さえ良ければという親。人間です。これは道徳性の問題でしょうか。いやそれ以前でしょう。
そもそも親は、自分は食べなくても子供にはというものです。自分はどうあっても子供にだけはつらい思いをさせたくないという親の心情。その心情をもっている、それが親の本質ですが、それができないということは、道徳性がないというより、もう心が病んでいるとしかいえないかもしれません。原因として②心が病んでいる親。
「良心をもたない人たち」という本がありますが、それにはどうしても良心がもてない人たちがいて、25人に一人くらいはいるというのです。人のことがまるで思いやれない、人の痛みも分からない。喜びや悲しみという豊かな感情がない。それは脳の機能の問題だといわれていますが、その原因として育てられている中の愛情不足。もともとそういう脳に産まれついているといわれます。
特に個人主義の国に多く、東洋には欧米より比較的少ないといわれます。特に日本は少ないといわれていましたが。しかしいまやそうもいえないかもしれません。
最近のわけの分からない、不特定多数を狙った、あるいは実にエゴイストな卑劣な犯罪は「良心がない」という分野に入る人たちでしょう。
人間には父性的要素と母性的要素があります。父性的要素は集団の教育で培うことが出来ます。しかし母性的要素はしっかり抱かれて、大切にされて、愛情をかけられて、やさしくされて心を癒し、救わなければ育てることが出来ないと教育の専門家、父性の復権の著者林義正先生はいわれていましたが、まさにそれに匹敵すると思います。
平気で虐待を行う人たち。子供が可愛くないとネグレクトする人たちは、愛に飢えた育ちをしている人達だと私はおもいます。個人主義的、唯物史観的教育を受けた人たちで、しかも愛なく育った人たちだといえるでしょう。
宗教教育もない、(神がなければ人間絶対主義で、怖れを知らない、自分さえ良ければよいという考えで生活してしまう)、道徳教育もないそんな中では、人を愛し、思いやる優しさがないそういう人たちが子供を産み育て・・・あげく殺してしまう。あるいは子供を犯罪者にしてしまう。なんと恐ろしいことでしょう。どうしたらよいのでしょう。それで私はなんの役に立つのでしょうか。何もできない自分に苛立ちを感じます。
by nizicanvas | 2010-03-06 01:07 | つれづれ

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